王ヶ頭ホテル
Beat Takeshi × Kenji Yanobe, ANGER from the Bottom
@ The former site of old well in foot of...
タイやカンボジアに行くと必ず買ってくる物があります。
...
”・内蔵脂肪は寒さの刺激によって燃焼します。
...
”
駅側からみると一見小さなお店ですが奥にもテーブル席があり意外と広いお店です。テーブルの間隔も広めにとっているテーブルが多く観光客に優しいスタバだと思います。 (Starbucks Coffee 松本駅ビルMI DO RI店)
「光と影の法則」とは:
光を追い求めるときは、影の存在を否定するため、人生のバランスが崩れ、そのバランスを取ろうとして影がさらに大きくなる。
とてもフワッとした表現。なんだかノストラダムスの予言のようだ…。これは一体、何を意味するのだろう?
悩みに悩んで、日常生活の人間関係のなかで、私なりに理解してたどり着いた解釈は、次のようなものです。
(1)
成功をめざして努力するとき(光を追い求めるとき)
人は自分の弱さや欠点を隠してがんばってしまう(影の存在を否定する)↓
(2)
「強さや長所、ちゃんと出来てること」(光)ばかりを表に出し
「弱さや欠点、ダメな部分」(影)は、なかったコトかのように心の奥底に隠蔽してしまう↓
(3)
だけど、自分の弱さは克服されたわけではないので、隠せば隠すほどバランスが崩れ「怖い」「自信がない」「見つかったらどうしよう」とビクビクおびえる気持ちが募っていく
↓(4)
自分の弱さや欠点をもっと隠してがんばるようになってしまう
※ふりだしに戻る。(永遠のループ)
自分の弱さや欠点(影)を隠すために、ピリピリ必死。いつも過剰反応。
これが私たちから、面白い人間味と可愛げをうばい、独りぼっちにさせてしまう原因です。
では、どうすればいいのでしょうか?
「弱さや欠点、ダメな部分」(影)を否定しないで、受け入れる。
影をみんなにオープンすることです。
そうすれば、魔法のように、人間関係が変わりはじめるのです。
どうか、影に潰されてしまう前に、次のハウツーを試してみてください。
私は「助けて」がなかなか、いえませんでした。
あなたは、自然に言えますか?
私にとって「助けて」というセリフは、清水の舞台から飛び降りるような一大決心!情けないし、悔しいし、負けたみたいで悔しいし、「最後の最後まで絶対いわん」とムキになっていました。
思えば、これが「可愛くなかった」のでしょう…。
世のなかに、完ぺきな人は一人もいません。
影があってこそ、人間らしい。どんな人かわかりやすい。信頼しやすい。愛されやすい。
オッケーじゃなくてもオッケー★です。(人間、影があって当たり前)あなたは十分がんばっているので、「助けて」の一言ですべてがご破算なんてありえません。大丈夫!
肩の力をぬいて「助けてください」というセリフを言うことを許可してしまおう。あとでわかったことですが、「助けて」が自然&素直に言えるようになると、人生のラクさが全然違うんです (知らんかった!) 今すぐあなたの辞書に「助けて」をインストールしよう
それに、心から頼りにされて助けを求められると、人はうれしいもの。(あなたもそうですよね) 助けを求めることが、人助けという側面もあるのです。光があるから影があり、影があるから、光がある。
「○○さん、困っているんです。ちょっと助けて頂けませんか?」
明日、勇気をだして言ってみよう。
先日、Twitterで「長女あるある」「長男あるある」なるものを見ました↓
- いつも「大丈夫です」と言ってしまう (大丈夫じゃないのに)
- 甘えることができない (本当は甘えたいのに)
- 強がってガマンする (本当は満たされてないのに)
グサリ。「ヤバイ、自分だ」と思いました。
満たされない感情、すなわち「影」を隠すのが、クセになってしまっていて、本人もそれに気がつかなくなってしまっていたのです。 (これは長男や長女じゃなくても、当てはまる人がいるのではないでしょうか?)
こんな風にいつもガマンしているから、助けてもらっている人をみると「ズルい!私はいつも独りがんばっているのに!! なんでアイツだけエコヒイキされているんじゃ〜!!」と叫びたい気持ちをグッ飲み込んで、スネる。顔に出してないつもりでも、出てしまっている。
スネている人はめんどくさいから、可愛がられない。つき放される。(悲しい)
そんな人にはとっておきの荒療治があります。
かの有名なジョン・レノンやスティーブ・ジョブズもやっていたという「原初絶叫療法」というものです。やり方はカンタン。
これにより、スネている気持ちが成仏します。
- カラオケボックスに行く
- 「ガマンしていた感情・欲求」(影)を言語化して思いっきり叫び散らす!そのセリフを言いたい場面、言いたい奴を目の前に想像して。(けして気が済むまで止めてはいけない。何時間もやる)
コツは「満たされない出来事がおきた一番はじめの原点(原初)」まで、さかのぼること。
多くのフラストレーションは、幼少期の親子関係にあるものです。あなたが大人になった今も、怒ったり、悲しんだりしていることは何ですか?
たとえば小さいころに言われたこんなセリフ。
「あんたにできるわけないでしょ」「お前はいつも…」「○○ちゃんは出来がいいのに、あんたときたら。少しは見習いなさい」「グズ!」「口答えするんじゃない」「だからお前はダメなんだ」「かわいくないわね」
そのとき、満たされなかった感情、叫びたかったセリフは?
気が済むまでやれば、眉間のシワがスーッとぬけて、明日から、まわりの人間関係がかわりはじめることでしょう。
「私が間違えてない。アイツが間違えてる!」
これは孤立してしまう人が、心のなかでいう言葉です。
私もしょっちゅう、被害者モードで、よくボヤいてました (^ ^;)
「いいや。私は本当に間違えてないんだ」
そう思う人もいるでしょう。そうかもしれません。しかし、こう思う人が損してしまうのは、自分が正しいことを証明しようと(鬼の首とったろうと)、間違えを指摘されまいと、いつもファイティングしてしまうことです。
そのため、可愛がられるどころか、敵をつくってしまう。
「間違えててもいいや」と口にだしてみよう。 自分も相手も。だれにも間違う権利があって、そこに責められるべき罪はないはずです。この世は 十人十色のイノセント(無実)ワールド。心優しい人よ、剣をすてて、握手をしよう。自分も他人も、愛をもって寛容に受容しよう。
自分の影の扱い方が変わってくると、人の影の扱い方も変わってきます。
自分に光ばかり求める人は、他人にも光ばかり求めてしまう。
過剰に期待して、失望したり、怒ったりしたりしてしまう。相手を居心地悪くさせてしまう。
一方で、自分の影をオープンにして優しく受け入れられる人は、他人の影についても、同じように許し、愛することができるようになる。
「影も含めて、あなたが好き」
影をわかった上で愛されることは、とても嬉しいことです。
世界は鏡。自分から影の扱いを変えよう。そうすれば、可愛い・可愛がられる世界へ変わる。